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少女になった母のコト
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年の瀬に思うこと

みなさま、お久しぶりです。

3ヶ月ほど、blog更新できていませんでしたね。。


日々、少しずつでも、前に前にと新しいことに進む生活から

あしもとを
ふみかためる
家族、友人、周りの人びとと、想いを重ね共有してゆく
感謝の気持ちを結んでゆく

そんな生活に変わっていった期間でもありました。



ちょうど3ヶ月前の9月末

実家の母が、脳卒中で倒れました。

勤務先の自転車置き場で倒れていたのを同僚の方が発見→救急車で緊急病院に搬送

検査の結果
大脳・小脳共に脳内出血があり
手術が難しい部分とのことでした。

24時間看護体制
集中治療として
止血剤の点滴&脳のむくみを抑制する点滴治療が二週間続きました。
家族以外は面会謝絶。
家族でも10分程の面会制限。。
意識の戻らない母に、祈り、語りかけることしかできず。

この間に

「命が失われてしまうこともあります。」

「このまま植物人間状態になる可能性もあります。意識が戻っても、ご自分やご家族の認知まではいけるかどうか。。」

先生からの言葉に

父も私も覚悟はしていたものの

あきらめるしかないのか‥
納得するしかないのか‥
母にとっては、このままいってしまったほうがいいんだろうか‥

何もしてあげられないもどかしさ
祈り、見守ることしかできない、やりきれない思いと

「それでも、生きて欲しい。。
寝たきりになっても、生きていてくれればいい。。」

願う気持ちとがあって。。


そんななか

奇跡的に
母の意識が戻り、目をあけたのです。

追視反応がでてきたり
まばたきでの返事
うなずく、首をふるなどの仕草

少しずつ
コミュニケーションがとれるようになり

点滴→鼻からチューブを通しての栄養剤接種へ


絶対安静がとけてからは

麻痺の度合いに応じて
(言語と右側・特に右手右足に麻痺が強くあります。)
リハビリ科の先生が
1日に二度、ベッド上でのマッサージや発生の練習をしてくださるとゆう日々がつづきました。

転院の話し合いのなかで

はじめは

療養を目的とした病院か施設へ行ったらどうか。

とのことでしたが

寝たきりでもいい、生きていてくれさえいればと思っていた母が
伝えたい、身体を動かしたい
と、日々がんばっている姿をみていて、リハビリの大切さを痛感していましたし

そして
施設の場合は
鼻からの栄養剤接種が難しく、胃ろうをつける処置をしてから
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